秋田県平鹿郡大森町。出羽山地の東端の丘陵地が、この
民家のふるさとです。江戸末期から明治にかけて全国的に
も屈指の山林王であった菊地家が自宅として建てたもので、
完成には20有余年かかったと言います。東北地方には珍し
い書院つくりの母屋は、雄大さと繊細さが絶妙のバランス
です。その隣の二階建ての土蔵に一歩足を踏み入れると、
総漆塗りの内部の贅沢さには瞠目です。





飛騨山地、富山県八尾町から昭和50年に、移築、補修した
ものです。解体の途中に発見された上棟札には「文化元年
(西暦1804)4月吉日、藩助」とあり、江戸時代中期の建築
であることがわかります。大黒柱と下大黒を結ぶ梁は一本で
約4トン、帯戸と呼ばれる広間と座敷の境戸もケヤキの一枚
板で作られています。建築材はすべて木組みで、一部しゅろ
縄で厳重に結ばれている、釘を一本も使っていない工法で、
その技術水準の高さに驚かされます。


千世倭樓へ